寒露

風が変わってきたね。指先で芝を撫でて、ひとつまみ風に乗せる。見慣れているはずの景色が少しだけ霞んで見えて、靴先の露に気がつく。風は北から南。わずかに左傾斜。強気で行く。

秋分

死は生を際立たせ、毒は美を際立たせ、風は存在を際立たせる。今年もまた、川辺に立って向こう岸を眺める。私は、生きている。私は、美しく、強い。

白露

白露(しらつゆ)の瞬きを目に留めたのは私だけ。一瞬、ほろっと、解(ほど)けそうになる、一瞬だけ。零れないように、滲まないように、そっと目を逸らす。気の迷い、気の迷い。風が冷たくなると、何かが許されるような気持ちになるものだね。そっと、しっかりと、心に秘めておく。秘め直す。秘め事は秘め、また歩を進める。

処暑

こんなに大きかったっけ?握った手が意外に肉厚で驚く。すっかり日焼けした横顔が頼もしく見える、夏の終わりの夕暮れ時。こんなふうに一緒に散歩に出かけるのも、あと数年かもしれない。そんな思いがふいに風にのる。

立秋

橋の上、風はそよいでいるのに、首筋はじっとり。来る秋に抵抗するように、夏の残りがまとわりついていた。つないでいた手からは、何かを搾り出すように、汗が滴ろうとしていた。まだ、離したくない。

大暑

白いゴムをあごの下に引っ掛けて坂道を駆け下りると、もうみんな集まっている。男の子5人、女の子5人、少し遠くの公園まで子ども達だけで出かける、くすぐったい待ち合わせ。やっぱりワンピースにしてよかった。夏休みが始まる。

小暑

熱を含んだ空気が足元を上ってくるので、ハンカチで顔をパタパタと扇ぐ。汗ばむにつれ、迷いが込み上げる。反対方面行きの電車が、空気と一緒に私の気持ちも吹き上げて行く。もう一本だけ待ってみる。

夏至

芝の緑。急な雨に打たれて後ずさる私に目もくれず。あなたの視線は揺るぐことがない。むせ返るような土の匂いと、張り付くシャツの形状。

芒種

水分を含んだ深呼吸。こんな田舎に来ちゃって、やること他にないじゃん。あなたの胸にぶら下がったストップウォッチが、紋章のように見える。走るだけ。最後のシーズンが来る。

立夏

あぁ、そうだった。こうして季節は変わっていくんだった。少しずつ、緑が茂り始めて、あの小道が細くなる。2人並んで歩くには、少しだけ手狭になる。大きなぼんぼりのような紫陽花を揺らしながら、あなたと歩いた季節がやってくる。